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横浜地方裁判所 平成3年(わ)488号 判決 1991年12月12日

本籍

横浜市港北区富士塚一丁目一八四二番地

住居

同区富士塚一丁目二番三五号

会社員

角田純一

昭和二年一月九日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官寺坂衛出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年六月及び罰金一億円に処する。

未決勾留日数中六〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金三〇万円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する。)

被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自己の所得税を免れようと企て

第一  生糸等の商品先物取引を架空名義で行い、架空の雑損失を計上するなどの方法により所得を秘匿したうえ、昭和六三年分の実際総所得金額は六億七五七四万二二五三円(別紙(1)修正損益計算書参照)で、これに対する所得税額は三億九四三九万一六〇〇円(別紙(3)脱税額計算書参照)であったにもかかわらず、平成元年三月一五日横浜市神奈川区栄町八番地の六所在の所轄神奈川税務署において、同税務署長に対し、昭和六三年分の総所得金額が一億三三五七万一〇〇〇円であり、これに対する所得税額は、六九〇八万九〇〇〇円である旨の虚偽の確定申告書(平成三年押第二一二号の1)を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額と右申告税額との差額三億二五三〇万二六〇〇円(別紙(3)脱税額計算書参照)の所得税を免れ

第二  生糸等の商品先物取引を架空名義で行うなどの方法により所得を秘匿したうえ、平成元年分の実際の総所得金額は三億七四五四万六三四六円(別紙(2)修正損益計算書参照)で、これに対する所得税は一億八一三二万七三〇〇円(別紙(4)脱税額計算書参照)であったにもかかわらず、平成二年三月一五日、前記神奈川税務署において、同税務署長に対し、平成元年分の総所得金額が九七七万円で、これに対する所得税額は、一四万七六〇〇円である旨の虚偽の確定申告書(同押号の2)を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額と右申告税額との差額一億八一一七万九七〇〇円(別紙(4)脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する平成三年三月二三日付(二通)、同月二四日付(二通)及び同月二六日付(一一枚綴りのもの)各供述調書

一  大津隆之、及部愛三、市川喬郭、山本一生、北村良夫及び村山武男(但し、一二丁裏一一行目から一三丁裏四行目までを除く)の検察官に対する各供述調書

一  原浩祐の大蔵事務官に対する質問てん末書

一  大蔵事務官関谷隆作成の領置てん末書

判示第一、第二の事実について

一  大蔵事務官作成の各調査書

判示第一の事実について

一  立松光子の検察官に対する供述調書

一  大蔵事務官作成の報告書

一  押収してある昭和六三年分の所得税の確定申告書一袋(平成三年押第二一二号の1)

判示第二の事実について

一  第二回公判調書中の証人牛田英郎及び同村山武男の各供述部分

一  本田忠の検察官に対する供述調書

一  牛田英郎(但し、四丁裏一二行目から一三行目、五丁裏七行目から一二行目、六丁表三行目から一一行目までを除く)及び村山武男の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  押収してある平成元年分の所得税の確定申告書一袋(平成三年押第二一二号の2)及び平成元年分収支内訳書(不動産所得用)一袋(同押号の3)

(事実認定の補足説明)

一  被告人は当公判廷において、所得秘匿の方法として架空名義や借名で商品先物取引をしたり(判示第一、第二の事実について)、架空の雑損失を計上した(判示第一の事実について)わけではなく、また判示第二の平成元年分の所得税の申告については角田株式会社の銀行への支払い利息の弁済を被告人個人が行うことが被告人の所得税申告の関係で経費となると信じていたため所得を申告しなかったのであり、逋脱の故意がなかったと主張し、弁護人も同様の主張をするのでこれらの点について判断する。関係各証拠によれば架空名義や借名での商品先物取引は、商品先物取引における常態として、建玉制限を免れて自己の取引量を拡大するためや自己の取引量を隠して他の取引をしている人達にその意図を知られないようにするため行われていることが認められ、さらに被告人の場合は、昭和六三年の三月頃に商品取引仲買会社の間で被告人が関わっているものについては取引禁止(いわゆる「角田おろし」)が申し合わされたため、自己名での取引が出来なくなり、架空名義や借名によらざるをえなかったという事情も認められる。しかし、被告人の架空名義や借名の商品先物取引は右「角田おろし」以前から行われていたものであるから、右「角田おろし」のためにのみ架空名義や借名によらざるをえなかったというものではなく、また、架空名義や借名での商品先物取引は、取引の実体が隠れているのであるから、それによって得た利益をわざわざ自己の利益として税務署に申告することは通常考えられず、被告人が関係していた外務員の各供述にもあるとおり、自己の所得隠匿の方法という目的をも有していたと認められる。

また、雑損失の計上の点についてみるに、関係各証拠によれば、国内商品取引仲買会社の外務員である山本は、被告人の指示に従わずに取引をした結果、被告人に多額の損害を与えていたため、被告人の依頼により申告前の日付で被告人に対する抵当権設定金銭消費貸借契約書及び自己が三億円横領した旨の確認書を作成したこと、右依頼の際、被告人が税金対策のためと山本に述べていたこと、平成元年一〇月ころ横浜中税務署による税務調査が行われた際、被告人の手許にはすでにこれらの書類があり、係官に右三億円を控除して申告したと述べたことが認められ、以上の事実によれば、被告人は、山本が三億円を横領したという架空の事実を作り、これを昭和六三年分の所得隠しのために用いたものと認められるから、右申告時に山本の三億円の横領という架空の事実を脱税の手段として用いる認識はなかった旨の被告人の弁解は措信できない。

次に、判示第二の平成元年分の逋脱の故意について検討するに、証人牛田及び同村山の各供述調書の記載によれば、両名が被告人から、角田株式会社の銀行に対する債務の利息の支払いが被告人自身の経費となるか否かについて尋ねられたのは、被告人のもとに国税局から査察が入った後の平成二年の六月から七月にかけてのことであり、平成元年分の所得税の申告時期でのことではなかったことが認められるうえ、被告人は、昭和三八年に角田株式会社の代表取締役に就任して以後、長年にわたり経済活動に携わっていた者であり、昭和五一年には所得税法違反により刑事裁判を受けた経験もあるのであるから、税務についての知識がないとは考えられず、法人の債務の利息の支払いが個人の経費になるとたやすく信じた旨の被告人の主張は容易に措信できない。

したがって、被告人及び弁護人の前記各主張はいずれも採用できない。

二  なお、判示第一の昭和六三年分の総所得金額は、公訴事実によると六億七五七四万二二五三円であるが、大蔵事務官作成の商品先物取引売買益調査書によると、六億八一八六万八二五三円であることが認められる。その結果逋脱所得税額も異動することになる。しかし、検察官は訴因の変更を求めない旨申し立てているので(第五回公判期日における検察官の意見)、訴因の拘束を受けることから、逋脱所得の算出上、右差額を「調整勘定」として別紙(1)修正損益計算書の借方欄当期増減金額欄、差引修正金額欄に計上することとし、昭和六三年分は公訴事実の実際所得金額、逋脱所得税額の範囲で認定することとした。以上のとおりであるから、判示第一の事実については、結論として、検察官の主張する逋脱額とされた金額に異動は生じないことになる。

また、判示第二の平成元年分の総所得金額は、公訴事実によると三億七四五四万七三六四円であるが、大蔵事務官作成の商品先物取引売買益調査書によると、三億七四五四万六三四六円であることが認められるので、逋脱所得税額を一億八一三二万七三〇〇円、同年分の正規の所得税額と申告税額との差額を一億八一一七万九七〇〇円とそれぞれ認定した。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、各年分ごとに所得税法二三八条一項に該当するので、判示各所為についていずれも所定の懲役と罰金とを併科することとするが、情状により同条二項を適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金については同法四八条二項により判示各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年六月及び罰金一億円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右懲役刑を算入することとし、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金三〇万円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する。)被告人を労役場に留置することとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が昭和六三年及び平成元年の二か年にわたり、架空名義や借名で商品先物取引を行い、また架空の雑損失を計上するなどして所得税を免れたという事案であるが、右二か年の脱税合計額は約五億円と多額であって、その逋脱率も平均約九一パーセントとなること、判示第一の逋脱の手段としてわざわざ三億円の横領という架空の事実を作り、その確認書等を作成させるなどその手段は悪質と言わざるを得ないこと、判示第一の逋脱の事後工作として損口座を購入するなど罪証湮滅行為をしていること、本件各脱税について修正申告は行っているものの納税は未了であること、さらに被告人は既に所得税法違反の前科を有することなどの諸事情に鑑みれば被告人の刑責は著しく重いと言わざるをえない。したがって、被告人は代表取締役辞任後も自らが実質的経営者であった角田株式会社の債務返済のため本件各犯行に及んだものであって動機において汲むべき点がなくはないこと、被告人の弟が当公判廷で修正申告による納税を被告人の兄弟で援助し、今後の監督にもあたると述べていること、被告人が反省の情を示していること、被告人の年齢など被告人に有利な事情を考慮してもなお主文のとおりの量刑はやむを得ないものと判断した次第である。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山忠雄 裁判官 高橋正 裁判官 川畑公美)

別紙(1)

修正損益計算書

<省略>

修正損益計算書 (給与所得)

<省略>

修正損益計算書 (雑所得)

<省略>

別紙(2)

修正損益計算書

<省略>

修正損益計算書 (不動産所得)

<省略>

修正損益計算書 (給与所得)

<省略>

修正損益計算書 (雑所得)

<省略>

別紙(3)

脱税額計算書

<省略>

別紙(4)

脱税額計算書

<省略>

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